Vol 3


家づくりのプロセスを楽しむコツ

LOCATION

葉山町一色

FLOOR SPACE

3DK / 79.48㎡

PROFILE

1人 / 施設兼住居

TYPE

スケルトンハウス(24坪) / 木造2階建

竣工年月

2016年3月

葉山町一色小学校のほど近く、放課後に子ども達が集う場所があります。「まなばんば葉山」、スケルトンハウスを利用した学童保育施設です。ルーフバルコニーに上ると、西側には青い海、そして南から北側にかけては葉山の山々がぐるりと360°のパノラマで眺められ、ここがいかに自然に近い場所であるかを感じることができます。2階には、陽が燦々と降り注ぐ広いウッドデッキとそこから一続きになったオープンキッチン、その奥にはここで暮らす息子さんのプライベートスペース。そして1階には、子どもでなくとも寝転がりたくなる琉球畳の小上がりと無垢材フローリングの教室スペース、事務室、そして2階デッキの真下にあたる広い前庭には芝生が敷かれ、教室がそのまま外へ拡張していくようなつくり。建物の裏手には小さな畑もあります。室内も屋外も境目なく一体となった、丸ごと全部子ども達の絶好の秘密基地。「まなばんば葉山」は、Hご夫妻とその息子さんが3人で切り盛りする「住居兼子どもの学び場」です。
今回は、2017年4月に事業の本格的なスタートを控えたこのH邸へ、設計士の門田と広報の角がインタビューに伺いました。

自分たちが暮らす場所で始めたい

H夫妻と我々エンジョイワークスとの出会いは、2015年の春に開催した「鎌倉あるもの探しツアー」というイベントでした。弊社の事務所や運営している家づくりのための複合施設 HOUSE YUIGAHAMAがある由比ガ浜通りを中心に、地元鎌倉に生まれ育ったご近所の方にまちを案内していただきながらみんなで散歩し、一般的なガイドブックなどには載っていないローカルなスポット・歴史・文化など地域の資産を発見しようという内容です。

広報 角(以下、角):「あるもの探しツアーで私、Hさんと同じチームになったのを覚えてます(笑)Hさんはなぜこのイベントに参加されたのですか?」

旦那さま(以下、Hさん):「当時、鎌倉の材木座に息子が住んでいてね。その時は、昔の風情が残るあの辺りで事業もできるような物件を探していたんですよ、古民家とかね」

奥さま(以下、Mさん):「あの頃ははっきりと学童保育をやろうと決めていたわけではなく、ただ住むだけじゃなくて開かれた場所にしたいな、ゲストハウスもいいかな、とかまだ漠然としていました」

Hさん:「ただ何をやるにしても、まちのことをもっとよく知りたかった。通り一遍のことじゃなく生の情報をね。それで参加したんです。それがきっかけで、エンジョイワークスさんに物件の相談にも乗ってもらうことになりました」

Mさん:「一緒に探すうちに、鎌倉だけでなく、私たちが住んでいた葉山も含めて広く考えることにしました。自分たちの生活圏の中でやりたいということは決まっていたんです。それで5月くらいに、葉山公園の近くでやっていた『葉山小屋ヴィレッジ』の会場で営業の原さんと待ち合わせをして、近くのスケルトンハウスをいくつか見せていただいたんですよね。外壁の木の感じが優しくていいなと思いました」

Hさん:「古民家だと改修で結構手を入れる必要があるでしょう? だったら良い土地があれば建ててもいいかもしれないと。ちょうどその頃、私は子どもの教育に関する本をまとめようとしている時で、子ども達が自ら学ぶ場をつくりたいと思うようになっていました」

そうして不動産探しを続けていたある日、一色小学校の近くに出たこの土地に出会い、Hご夫妻は「住居 兼 学童保育施設」としてスケルトンハウスを建てることにしました。そこには息子さんが管理人として住むことになります。ここから、家族3人での家づくりがスタートしました。

家づくりはプロセスが楽しい

設計士 門田(以下、門田):「打ち合わせで最初に”家の断面図”をいただいたんですよ。これは滅多にないことなんです。間取り図はありますが、断面図とは。”空間”を大事に考えていらっしゃるんだな、と思いました。コンセプトも『外と中がつながる家』でしたね」

この断面図は奥さまのMさんが描かれたものです。こと家のデザイン面においては、グラフィックデザイナーでもある奥さまが中心となって進めていきました。

Mさん:「子どもの学び場をつくりたい!と言い出したのは主人なんです。長年教育に携わってきた人なので、施設の理念や教育方針なんかは主人がメインで考えることになります。ここに住むことになる息子は料理人でもあるのでキッチンのアイデアや料理のこと、運営のことなど。となると私は、自分の得意を生かして家のデザインやグラフィックの方で協力していこうと思いました」

Mさんは、Hさんと息子さんのアイデアを一つの「家」という形にしていくために、さまざまな空間やディテールの写真、想いやニュアンスを表現した文章などをスクラップブックに集め、それを門田と共有しながらスケルトンハウスをつくっていきました。実はMさんとのこの作業が、現在エンジョイワークスが提案しているお客様主体の家づくりをサポートするためのコミュニケーションツール「家づくりノート」につながっていると門田。

*家づくりノートとは?
 
門田:「施主さんの想いが分かると僕らもより精度の高い提案をすることができますし、家を施主さん自身のものにすることができるんです」

Hさん:「家が出来上がってしまうと忘れがちだけど、初心というか、なんでこうしたのかっていうその時の想いが大事だね。それを持って家をつくっていくプロセスが楽しいんだよね」

門田:「そういうツールがあったらいいね、というところから『家づくりノート』が始まったんです。Mさんからお申し出いただいて、模型も作りましたね」

Mさん:「そうそう、階段てこうやってつくるんだぁとか、面白かったです」

門田:「この模型はHOUSEで1階と2階まで一緒に作ったのですが、その後Mさんがご自宅でデッキやルーフバルコニーまで作って完成させたのには驚きました!嬉しかったですね、相当想いがあるんだなと。その模型をまだ更地のこの土地に置いて、陽の入り方を一緒に確認しましたね」

Mさん:「窓の高さを現地で確認したかったんです。冬でも陽が入ってあったかいのがいいと思って。結局、西の窓を10cm下げたりしました。ワンポイントで色を入れることにした壁も、模型にいろいろ貼ったりして色を考えました」

門田:「そうやってボロボロになるまで使い倒すのが、模型の正しい使い方です(笑)」

Hご一家は、室内の天井や壁の塗装もDIYで行いました。初日は塗装の心得がある不動産営業の原を先生に、門田や角も一緒にペンキ塗りに参加。その後も塗り終わるまでに親族や友人などたくさんの人がお手伝いに来てくれたそうです。仕上がりは、工務店の人からもお墨付きをもらうほどの完成度。

門田:「Hさんご一家には、コンセプトづくりから最後の塗装まで、家づくりのプロセスをフルに体験していただいたと思います。塗装も自分ですることで、汚れてもリタッチできるし、メンテナンス意識も自然に湧くようになるんですよね」

「自分発」の力、自分で探求する力

そんなプロセスを経て完成したスケルトンハウスH邸改め「まなばんば葉山」は、期間限定のサマースクールや体験Dayなどの試運転を経て、この4月から本格稼動を迎えます。ここで過ごす子ども達の様子はどんな感じなのでしょうか?

Hさん:「入って来るなり初めてのところじゃないみたいに、おもちゃを出して遊んだり、初めての子同士も仲良くなって一緒に遊んだりしていますよ。『家みたい』だからね(笑)」

角:「まなばんば葉山では、どんなことが学べるのですか?」

Hさん:「主には自然体験と学習を通して、『生きる力トレーニング』と『表現力トレーニング』を行なっていきます」

「生きる力トレーニング」とは、社会的・職業的自立に必要な能力や態度を育てる教育(キャリア教育)で、特に小学校低学年までの間にしっかりとその力を養うことが重要だそうです。あるがままの自分を認め、受け入れ、愛し、信じる自己肯定感。自他の感情や欲求をしっかりと分かった上で自分の行動を自分なりに決められる自制心。自分なりに問題を見つけ、考え、振り返る思考力。仲間とともに何かを投げ出さないで成し遂げる社会的実行力。

「表現力トレーニング」とは、将来の学力の基礎となる感受性と感じたことをアウトプットする力を伸ばすこと。視覚情報に偏りがちな子ども達を、自然の中へ連れ出したり仲間と一緒に体を使って遊ばせたりしながら、目隠しをしたり、耳をふさいだり、匂いを嗅いだり、手で触って感じたことを、五感作文・五感アート・五感英語といった形で表現していきます。(※参照:まなばんば葉山のしおり。詳しくはHPへ )


Hさん:「例えば、子どものうちから自制心を育むことはとても大切です。自制心というと自分を抑え込む、というふうに捉えられがちだけど、自分の気持ちの在り処を感じ取り、他人の気持ちの在り処を感じ取り、その上で適切な自己主張をして自分を伝えるための力なんです。例えば『今日は海に行きたい!』と言う子がいる。一方で『部屋でゲームがしたい!』と言う子がいる。じゃあ別々に遊ぶ、ということではなくて、なぜそう思っているのか問いかけて考える習慣づけをすることが大事です。海に行きたい理由が”水遊び"なら、部屋でゲームをしながら合間に庭で一緒にプールに入って遊ぶ、というふうにお互いを擦り合わせていくことができますよね。この『なぜ?を問う力』を特に5才~10才ぐらいまでの間に身につけることが重要です。大人も含めて、教えてもらうことを覚えるのが勉強だと思っている人が多いんだけど、そうじゃない」

これからの時代、背景や文化、価値観の違う多様な人々と一緒に何かをつくる「共創社会」がより当たり前になり、誰も経験したことのない課題や事象にあたっていくことにもなる世代にとって、これらの力は大切な生きるベースになっていくに違いありません。


Mさん:「私たちも様子を見ながら、自分たちの体力とも相談しながら進めて行きたいと思っています。定型のプログラム以外にも、スクリーンがあるのでみんなで何かを観たり、月に一度くらいは特別イベントとして親子クッキングなどキッチンを使った何かもできるといいし、海や山へ行って採集したものでアートを作るとか、やりたいことはたくさん」

Hさん:「私たちも子育てを経験して一回りした今だからこそ、できることがあると思うんです。子どもは一人ひとり、みんなそのまんまで良い。自分の子にはなかなか客観的になれず、つい他所の子と比較してしまいがちですが、その子に即して見てあげればいいと今だから言える。実家のおじいちゃんおばあちゃんにちょっと預ける、みたいな感覚で利用してくれたらいいなと思っているんですよ」

自分自身で「なぜ?」を問う力。自分自身を適切に表現する力。
自分発の家づくり「スケルトンハウス」の中で、子ども達がそんなことを学んでいく。
この子達は30年後、どんな家をつくるのでしょうか。
その頃にはこのスケルトンハウスも、ものすごくかっこいいヴィンテージになっているのでしょうか。

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写真:東涌写真事務所
※最後の写真1枚のみ施主提供

*H邸の詳細を見る:WORK11「子どもが集まる家」

*家づくりのプロセスをブログで見る



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